新刊紹介『青峰(あおね)ー歴史と文化ー』第一集

 

雑誌『青峰ー歴史と文化―』第一集 編集・刊行作業のために、暫くの間ブログをお休みしていました。作業が大分遅れましたが、ようやく5月11日に発行のめどがたちました。現在、印刷会社での最終校正の段階です。創刊号に相応しい内容です。B5約120ページ。カラーページ4ページ。

カラーページは下記の通りです。

スケッチ お台場夕景、安曇野風景 海野早男描、

写真 乾杯の歌(ヴェルディ「椿姫」より)、静岡混声合唱団ひびき公演(伊豆の国市)、恋するイゾルデ(創作バレエ)梶田まりあ、アフガニスタン山の学校のこどもたち(二枚)長倉洋海写真集より、

本文は以下の通りです。

マーラー記念年 浅野武(合唱指揮者、浜松学院大学特任教授)、

わたしのバレエ人生と母への思い 梶田まりあ(日本バレエ協会会員、現代舞踊協会会員、梶田美於バレエ研究所教師)、

地域・民族の自立と富国有徳 神田嘉延(鹿児島大学稲盛アカデミー特任教授、南九州大学教授)、

いま思うこと 海野早男(海野建設株式会社代表取締役)、

長倉洋海さんとアフガニスタン山の学校 松田愛子(アフガニスタン山の学校支援の会会員)、

TPPに関する二つの問題 小林綏枝(元国民生活研究所研究員、元秋田大学教授)、

日露戦争と人びとのくらし 松田壌司(日本社会教育学会名誉会員、社会経済史学会会員)、

編集後記、

ホームページでお困りのかたへ(テックスカラ)、以上です。

わたしは、今回、「日露戦争と人びとのくらし」 と題して執筆した。書き出しでは、「歴史は多くの場合に於(おい)て悔恨(かいこん)の書であった」と、柳田國男は書いている。あの時ああいうことをしなかったら、こうも困らずにすんだであろう。それが終わってしまって、気がついた時にはもう後の祭りである。しかし、わたしたちが誇るべきものは、取り返しのつかない程度には「突き詰めてしまわずに」残しておいていってくれるものだ。そうして、後の世の人がそれらを自由に論評し、訂正する余地が十分あるものだ、とも書いている。これは、明治・大正・昭和の激動期を生き抜き、昭和三十七(一九六二)年、八十八歳で長逝した柳田が書き遺(のこ)した言葉である。『遠野物語』の著者の歴史感である。と書いた。

残念ながら、人びとの歩み、つまり歴史というものは、手放しで楽観的にみることはできない。人びとは、多くの場合、気づかずに過(あやま)ちをおかすものである。ことの真相を知らずに、あるいは知らされずに、その過ちをおかしてしまう。だが、人びとは、ひととき「悔恨」の情に囚(とら)われてのち、それを乗り越えていこうとする。いままで知らなかったこと、あるいは知らされずに過ぎ去ったことを知ろうとする。そこから、真実を知ろうとする活動、学習が始まる。人びとのくらしの歩み、つまり歴史を動かす力がここにある。その出発点は歴史的事実の把握(はあく)にある。

そのためには、しっかりと事実を自分の目で、あるいは先(せん)達(だつ)の書き残した書物や資料で確かめ、自分の頭で考えていかなければならない。往々(おうおう)にして、勝手な解釈によって人びとの判断を歪(ゆが)める書物などが巷(ちまた)にあふれる。人びとは、気づかないうちにその虜(とりこ)になる。そうして、またしても「悔恨」の歴史を繰り返す羽目(はめ)に陥(おちい)る。あるいは、「悔恨」の歴史を推進する側に加わる。自覚してか、それとも無自覚なのかはここでは問わない。そこで、いわゆる文献・資料批判が常に必要になる。

「歴史は繰り返す」とよく言われる。単なる「繰り返し」なのか、そうではないのか。あらたな局面(きょくめん)・段階(だんかい)での似(に)たようなことの「繰り返し」なのか、ここでは議論の余地がある。この問題の鍵は、実は人びとの学習にある。人びとは「悔恨」の歴史から、何を学び取っていくのか。どの程度学び得(う)るのか。こうしたことの、検証がなされなければならない。学習内容の吟味(ぎんみ)・深さ・その質が問われるのである。人びとが、「悔恨」の歴史を繰り返すことのないように、切(せつ)に希(ねが)っている。

最近のテレビ番組では、信州安曇野(あずみの)を舞台にした「おひさま」が放映され、好評のうちに終わった。アジア・太平洋戦争期に、戦争が人びとのくらしに、どのような影響を与えたかがうまく表現されていた。ほぼ同じ時期に、小林(こばやし)正樹(まさき)監督、仲代(なかだい)達(たつ)矢(や)主演による映画『人間の條件』(五味川(ごみかわ)純平(じゅんぺい)原作)がテレビ放映された。過酷(かこく)な戦争体験とシベリア抑留(よくりゅう)(旧ソ連による国際法(こくさいほう)違反)を生き抜いた原作者、映画人によって映像化された傑作(けっさく)である。他方では、日露戦争を描いた司馬(しば)遼太郎(りょうたろう)原作の「坂の上の雲」が、何度も何度も放映された。原作者は生前この作品の映像化を拒(こば)み続けた。その及ぼす影響を考えていたのである。

果たして、人びとの苦難(くなん)の歴史が描(えが)かれているだろうか。日露戦争の多面的な側面が描かれているだろうか。ものを書くとき、あるいはそれを表現するとき、その人の立脚点(りっきゃくてん)、立場(たちば)が問題となる。歴史記述の場合、記述する歴史的事実を、どのような視点でみるのかが問われる。常に、誰の立場で、何の目的で、どのように書くのかが問われる。本稿では、日露戦争の多面的性格と、増税に次ぐ増税で苦難の歴史を歩まなければならなかった人びとに焦点をあてた。

頒布手順は、別途ホームページ更新をお待ち下さるよう、お願い致します。定価は、934円+税、計980円です。(2012年4月30日更新)

『青峰ー歴史と文化ー』第一集 2012年5月11日発売

上に掲げた画像は、長倉洋海氏の特別のご厚意で、『青峰―歴史と文化―』第一集、64ページに、複写転載を許可されたものです。原本はカラー写真集 長倉洋海『アフガニスタン山の学校の子どもたち』偕成社 2006年9月 (本体1800円+税)です。著作権は長倉洋海氏にあります。長倉氏のアフガニスタンに関する写真集は、ほかに『獅子よ瞑れ アフガン1980―2002 』河出書房新社 2002年10月 などがあります。

なお、『私のフォト・ジャーナリズム 戦争から人間へ 』平凡社新書 2010年11月 も注目すべき著書です。

最近では、被災地東北のこどもたちを撮影した写真集、『だけど、くじけない 子どもたちからの元気便 長倉洋海と東北の子どもたち』NHK出版 2012年2月 が刊行されました。長倉氏の映像には、どんな過酷な状況のもとでも、決して希望を失わず、明るく生きる子どもたちが写されています。氏のヒューマニズムあふれる写真集や、著書に多くの人びとが共感を覚えています。(2012、5、15更新)

 

“新刊紹介『青峰(あおね)ー歴史と文化ー』第一集” への4件のコメント

  1. 浅見 俊之 より:

    創刊号の発売、本当におめでとうございます。これからもお身体に気をつけて、ご活躍下さい。創刊号が手元に届くことを楽しみにしております。

    • admin より:

      お祝いのコメントを頂戴し、有り難うございました。また、早速ご購読頂き、光栄です。ご覧のような内容、創刊号に相応しいものとなりました。今日、午後梶田美於バレエ研究所の第24回発表会を観に行って参りました。梶田まりあさんの芸の幅が一層拡がって、しなやかに踊る姿に感動しました。明後日、成田を発ち、ポーランドで舞台に立つと言うことです。国際的なアーティストとして、大きく成長していく姿をみることは、教師としてほんとうに嬉しいかぎりです。また、バレエ芸術の幅の広さ、深さを実感しました。そして、かわいらしいこどもたちのひたむきに踊る姿や、プロのゲスト出演などもあり、ただただ圧倒されました。二号にも、アーティストを紹介していく予定です。有り難うございました。

  2. 良知 敏子 より:

    青峰第一集の刊行、本当におめでとうございます!
    内容もとても素晴らしく装丁もとても美しいですね。感動いたしました。
    コンパクトなサイズながら、宝石のたくさん詰まった宝箱のような書籍だと思いました。時間をかけてじっくり読ませていただきます。
    これからもお身体を大切に、ますますのご発展を心よりお祈り申し上げます。

    • admin より:

      過分なお祝いの言葉を頂戴し恐縮です。これも、寄稿者をはじめ、書、スケッチ、デザイン、写真提供者など、多くの方々のお力添えのお陰と存じます。特に、浜松市文化功労者であります浅野武先生(合唱指揮者)の「マーラー記念年」の玉稿を頂戴し、先輩小林綏枝氏、畏友神田嘉延教授の激励に対しましては、まことに感謝の念にたえません。また、海野早男氏のようなすばらしい画才の方の協力も得ました。さらに言えば、編集スタッフにわたしの教え子、岡村薫(旧姓赤沢薫)氏を迎えたことも、大きな意味をもちました。編集刊行を終え、実に「ひとは財産・宝」だと、実感しました。今後とも、多くの方がたのひとかたならぬ応援、ご協力を頂きながら、「地域に根ざした仕事」を続けていく所存です。ほんとうに有り難うございました。

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『1時間でよくわかる TPPが暮らしを壊す』(家の光協会刊)書評

 

五月に、小冊子『1時間でよくわかる TPPが暮らしを壊す』(家の光協会刊)が送られてきた。およそ三十分で一気に読み上げた。
これは、菅前民主党内閣が、当時急速に強行しようとしたTPP参加に対し、緊急に出版されたものである。著者は森島賢、小林綏枝、山岡淳一郞の三氏である。わたしもこれら三氏に敬意を表し、その危機感を共有する者である。
いうまでもなく、民主党政権は、貧富の格差拡大・地方切り捨ての「新自由主義」政策の誤りを強く批判し、「生活が第一」を掲げて、「政権交代」を果たし、成立したはずである。しかも、TPP参加に関しては、下部党員・支持者にも諮らず、ましてや国民全体にも公約せずに、突如提起・推進しようとしている。
この本は、雇用、食生活、保険・医療の三分野に限り、実に分かり易く書かれている。
TPP(環太平洋連携協定)は、一切の関税障壁をなくすという、米国中心の多国間協定である。二十数項目という、ほとんどあらゆる分野での例外なしの関税障壁の撤廃という、前代未聞の多国間協定である。どの分野においても、米国圧倒的優位の下で、「開国」が強要される。
この本では、前記したように三分野に限定し、まず、労働の国際間移動の問題を取り上げている。例えば、外国人看護師・介護士なども、受け入れる。といって、国内で人が足りない訳ではない。これらの職場では、あまりにも過酷な労働条件を理由に貴重な人びとが次々と辞めていっているのだ(わたしは、約二ヶ月間の手術入院生活で、医療現場のひどい状況を目撃した)。これは、単に、医療現場だけではない。弁護士ですら例外ではないのだ。
翻って政府・財界は、従来から内需(国内需要)を軽視し、輸出依存の経済政策をとり続けてきた。しかも、TPP参加は農林漁業に壊滅的な打撃を与え、ここでも需要を減少させる一方、地方全体を崩壊させざるを得ない。地方都市中心部のシャッター通りをみるがよい。これがいっそう進むのである。
だが、マスメディアはこの事実を国民に知らせず、「農林漁業対全国民」の利害対立にすりかえようとしている。また、かつて、松下政経塾出身元外相は、「たったGDP1,5パーセントの利益のために98,5パーセントの利益を切り捨ててよいのか」(この数値自体がいいかげんな数値)と外国で発言し、TPP推進を主張した。これは、完全にすりかえである。為政者とご用学者・評論家およびご用機関は常にすりかえを行う。歴史研究者にはそれがよくわかる。そうではない。まさに、たった1パーセントの利益をもって、99パーセントの利益と幸福に打撃を与えようとしているのである。
「農林漁業対全国民」の利害対立の問題ではなく、ことは、食の安定的供給と食の安全に関わる全国民的課題である。しかも、地球的規模での慢性的な食糧危機の下で、40パーセント(39パーセントともいう)と、先進国一食料自給率の低い我が国が、自給率13パーセントに低下するとの試算があるにも拘わらずである。だから、消費者こそTPP参加の危険性を知り、反対の声をあげなければならない。また、小林綏枝氏の言うとおり、この国がいつまでも「生卵が食べられる」国であって欲しい。農業問題は、単に「産業としての農業」の重要性をもつだけではなく、実はいっぽうこのように国民の食の問題、生命の安全・維持の問題として重要なのである。
この本は、また、TPPと医療制度との関係を、明らかにしている。従来国民は、国民皆保険制度の下で、一部負担を伴うとはいえ、保険証さえあれば、診療所・病院で公平に治療を受けることができた。ところが、TPP参加の下では、いわゆる「混合診療」の一層の拡大をめざし、保険の効かない自由診療(一部はすでに実施)を、今以上に拡大していこうとしている。そのうえ、医療への株式会社の参入を許す一方、大多数の国民の治療を狭めようとしている。また、薬事行政でも、大きな変革が求められる。安全・確実な治療を求める国民の願いが果たして、今後守れるであろうか。圧倒的優位の米国の医療システムの導入の危険性が危惧される。これらのことは、従来の「国民皆保険制度」の根幹を掘り崩し、必ずや医療の崩壊をもたらすに違いない。
菅内閣が崩壊し、野田政権が成立した。松下政経塾出身の野田首相は、組閣前にしてすぐさま財界首脳に会い、財界から「ジャパンドリームの到来」と最大級の賞賛をうけた。組閣後は、米国大統領と会談し、当面の課題の早期達成を催促された。TPPに関しては、早期に「結果を出す」と「前のめりの姿勢」を示し、国民の意思に反して、突き進もうとしている。
わたしは、農民の子として生まれた。そして、常に歴史を底辺から見つめる者でありたいと希っている。また、段階を無視し、歴史を無前提・無限定に観る見方を拒否する。浅薄にも「奇兵隊内閣」(高杉晋作)と自称し、自ら関税自主権を放棄し、実質不平等条約締結をめざす、勘違いな前内閣と、その重要閣僚、その後継政権の下で、この国の行く末を非常に案じている。
できるだけ多くの方が、この廉価(税込み価格500円)な本を手にして欲しいものである。
『1時間でよくわかる TPPが暮らしを壊す』(家の光協会刊) ISBN 978-4-259-54736-3
(2011年5月19日、書評依頼に際して記す、その後10月23日改稿、更新)

薔薇の実

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パリコミューン140周年に寄せて

 

 

わたしは以前、郷里の高校で自分の担当教科を離れて、急遽(きゅうきょ)世界史を教えたことがある。定年を目前にして「不治の病」に倒れたY先生の代役を 頼まれたのである。大学受験では世界史を選び、卒論でフランス大革命の農業問題を扱ったこともあって、不思議な縁を感じ、即座にその求めに応じた。
今年は、パリコミューン140周年にあたる。フランスでは、1789年の大革命以後、二度の共和制を挟み、第一帝政、復古王政、七月王政が続いた。だが フランス国民は、その後、愚かにも「ナポレオンの甥」というだけで、ルイ・ナポレオンを皇帝に祭り上げ(ナポレオン三世)、第二帝政が始まった。彼は準備 不足のまま、普仏戦争を引き起こし、自ら捕虜となる(セダンの虜)。パリは包囲され、1871年1月ティエールを首班とする臨時政府が成立し、屈辱的な講 和条約(豊富な資源地帯アルサス・ロレーヌの割譲など)を結ぶ羽目になった。
これに対し、パリ市民は3月26日一斉に蜂起し、ここにパリコミューン(自治政府)が、成立した。自治政府は、女性参政権の実現、児童の夜間労働の禁 止、政教分離の原則などの画期的政策を打ち出した。どれもいまでは当たり前の原理である。だが、北ドイツ連邦軍と臨時政府軍の前にじりじりと追い詰められ ていく。「血の一週間」と呼ばれる、凄惨な虐殺の後、ペール・ラシエーズ墓地での最後の抵抗もはかなく、遂に5月28日自治政府は崩壊する。コミューン兵 士は,捕虜まですべて銃殺された。遺体の埋葬も許されなかった。
『鞍馬天狗』などの作品を残し、「大衆作家」として定評のある大佛次郎は、晩年現地の資料を調べ、『パリ燃ゆ』を書き上げた。なんと三年もかけたのである。
それにしても、当たり前のことを実現するために,どれだけの血が流されなけれならないのか。いま、あらためて「何を書き遺すべきか」が問われているように思う。
参考文献
遅塚忠躬 『ヨーロッパの革命』 (『ビジュアル版世界の歴史』 14) 講談社
井上幸治編 『フランス史』新版 山川出版社
大佛次郎 『パリ燃ゆ』 (『大佛次郎ノンフィクション全集』 3、4、5所収) 朝日新聞社 ほか

 

 

因みに、横浜の港の見える丘公園にある大佛次郎記念館では、「パリコミューン140周年記念展」第二部が、開催されている(11月13日まで)。
大佛次郎記念館ホームページ 

パリコミューン記念展終了、現在「大佛次郎から兄野尻抱影への手紙」展が開催されています。(2012年3月11日)まで。

 

 

 

 

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書くということ

 

 ものを書くということは、私にとって命を削る作業である。
「膠原病(こうげんびょう)」の発症から三年が過ぎた。幸い三人目の良心的な医師のお陰で免疫抑制剤を服用し、激痛と骨の破壊の進行が収まった。四週間に一度の診察は血液と尿の検査で始まる。すべての数値が時系列的に記録され、丁寧に説明してくれる。残念だが、前の医師の粗雑な治療と傲慢さのため、右手第二関節の破壊その他の後遺症が残った。手書きが不自由だ。日本経済史の研究を断念した。学位論文の提出も諦めた。残りの人生どう生きるか、悩んだ。無名で終わるか。だがここで引き下がる訳にはいかない。自分には書き残したいことが一杯ある。時代に翻弄され、無名で生涯を閉じた人々の悲哀がわかる。大佛次郎から学んだ。淋しい者、貧しい者のために書くのだという。残りをそう生きたい。(桜美林大学オープンカレッジにて2011年7月9日発表、400字課題、日本ペンクラブ所属エッセイスト吉澤輝夫先生指導)

2011年のノーベル医学生理学賞は、ブルース・ボイトラー博士(アメリカ合衆国)、ジュール・ホフマン博士(フランス)、ラルフ・スタインマン教授(アメリカ合衆国)の三氏に決まった。残念ながらスタインマン教授は、受賞直前にして9月30日急逝したとのことだ。心から哀悼の意を表したい。いずれも、免疫メカニズム解明の研究業績が高く評価されたのだ。免疫異常による「難病」に苦しむ患者にとって久々の朗報である。大きな拍手を贈りたい。日本にも、昨年4月に亡くなられた多田富雄東大名誉教授(第20回大佛次郎賞受賞)と、その門下生、今回のノーベル賞受賞者の「ライバル」審良(あきら)静男大阪大学教授(毎日jpによる)、その他多くの免疫学者がいる。また、これらの研究者のほかに、日夜患者のために、診療にあたっている良心的な臨床医師の存在も忘れてはならない。わたしたちは、患者としてこうした人々に感謝しながら、治療をうけ続けていきたい。
それにしても、19年前に不幸にも亡くなられたシャンソン歌手岸洋子さんの無念さを思う。死の直前まで、ステージに立ち、あの「希望」を歌い続けた、岸洋子さんのことを想うのである。(2011年10月9日更新)

 

 

“書くということ” への2件のコメント

  1. 浅見幸也 より:

     ホームページの開設おめでとうございます。心よりお祝い申し上げます。近況は息子より聞いております。大変お忙しいようですが、くれぐれもお体をご自愛ください。貴誌に執筆をのお話があったと聞きましたが、少し落ち着いてから書いてみようと思っております。よろしくお願いします。
     明日は、月1回のドキュメントと戦争映画を見る会を、劣化ウラン弾とアメリカの核兵器について、3時30分から平和資料センターで行います。時間がありましたらお寄りください。

    • admin より:

      お祝いの言葉、有り難うございました。様々な面で、後世に語り継ぎ、書き残してゆかなければなりません。わたしたちに、できることは何か。常にそれを考えて、わたしも命ある限り、この場を活用して発信していきます。

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